龍野を識る
自然・地理を識る
西播磨に流れる揖保川と
共に生きる町。
兵庫県南西部の西播磨地方に位置するたつの市は、北側に山地が広がり、南は瀬戸内海に面しており、南北を貫くように揖保川が流れた自然環境に恵まれた地域です。古代から西播磨の中心地として栄えてきた龍野の中心となるのが、「たつの市龍野伝統的建造物群保存地区(龍野伝建地区)」として国から選定されている城下町界隈です。今なお江戸時代から昭和初期にかけて建てられた伝統的建造物が良好に残されており、白壁や町家造りの建物が多く残る町並みは「播磨の小京都」とも呼ばれています。現在の地場産業につながる醤油醸造業や素麺製造業を生み出した揖保川、北部の山々や原生林・鶏籠山などの豊かな緑を身近に感じる情緒豊かな地域です。
文化・産業を識る
軟水と穏やかな風土から
生まれた地場産業。
揖保川を軸とした自然環境や風土が広がる龍野は、手延素麺や醤油醸造、そして皮革産業の三代地場産業が盛んな地です。鉄分と有機物の少ない軟水を活かしてうすくち醤油が生まれたのは1666年のこと。円尾孫右衛門長徳により開発され、1672年に龍野城主が他国にはない淡い色のしょうゆを「国産第一之品」として生産を奨励された歴史があります。「揖保乃糸」に代表される手延素麺は、温暖な播磨平野で育った良質な小麦と赤穂の天然塩により、真っ白でコシがある歯切れのよい食感が魅力です。さらに、古くから皮革の生産が行われており、生産技術の向上と共に生産量は増え、国内最大規模の皮革産地として知られています。
歴史を識る
江戸時代に西播磨を支えた、
美しき城下町。
龍野城と脇坂藩5万3千石の城下町が広がるこの地の起源は、16世紀まで遡ります。戦国時代に揖保川西岸にある鶏籠山の山頂に赤松氏が城を築いて居城。江戸時代に山裾へ城が移され、城下町が形成されます。その後、17世紀後半に龍野に入封した脇坂氏が約200年の安定した治世を築きました。龍野城下町は揖保川水運の要衝として、現在の地場産業につながる醤油醸造業や素麺製造業とともに発展。江戸時代を通じて西播磨の政治経済の中心としての役割を担いました。江戸時代から昭和戦前期までにかけて建てられた長大な土蔵造の建物や洋風建築など、伝統的建造物が良好に残されており、城下町としての名残を感じられます。